エンジョイ・シンプル・イングリッシュ 和訳

NHKのラジオ番組 enjoy simple english「エンジョイシンプルイングリッシュ」を和訳しています。

「Lemon Episode Two」(2020 年 12 月 放送)

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 あなたが想像するよう、私は極めて少しのお金しか持って居なかった。しかし、私の心理状況が私の生活に影響する以前には、丸善と呼ばれる店に行くのが好きだった。そこでは赤や黄色の香水や、頭髪の抜けるのを防ぐ薬であるとか、を売って居た。また、高級なガラス細工や繊細なロココ調の香水瓶や、その他多くのものを扱って居た。私はそれらのものを見て時間を過ごしたものだった。そうして、その中で一番良い鉛筆、勿論ひとつだけ、を自分への贅沢とするのだった。しかし今は、この様な場所は私の心を重くするだけだ。書籍、学生、そしてレジ、全てが借金取りの亡霊の様に見える。

 私はある友人、或いはまた他の友人の部屋で日々を過ごして居た。ある朝、私の友人が学校へ向かった後の空虚さの中に、たった一人取り残された。私はそこから外出しないとならなかった。それは、私を追い立てるような物に感じられた。そして私は裏道を、街から街へと歩いた。飴屋の前で立ち止まったり、干した魚や甲殻類を売る店でそれらを眺めたりした。私はもう少し歩き、果物屋のまえで立ち止まった。

 私はこの果物屋のことを説明したい。それは私のお気に入りの店なのだ。その店は最も高級な店というわけでは無いが、果物屋はこう在るべきだという風に見えた。そこには果物が据えられた、古びた黒い棚が在った。美しいアレグロな音楽が店の中に奏でられている。物体を石に変化することができる怪物の様に見える値札が、果物の上に在った。そういうわけで多分、果物はとても色彩鮮やかで、明るく、大きく見えたのだと思う。緑の野菜も棚の上に並べられて居た。更に店の中に入ったなら、野菜がもっと高く積まれて居る。人参の葉はとても美しかった。豆や慈姑が水の中に沈んでいるのも、とても素晴らしかった。

 果物屋の建物は夜には美しかった。果物屋は二つの通りの角に在った。一つの通りは暗くて静かである。もう一つの通りは人々で賑やかであるが東京や大阪ほどに繁雑では無い。通りには街の店の窓から漏れた灯りが射して居た。しかしどうした訳か、果物屋の周りは暗かった。果物屋の建物がもし暗く無かったなら、それ程までその果物屋がに私が引き付けられる事は無かったと思う。通りに立った私の眼を、電球から降りてくる光線が刺す。また、近所にある御菓子屋の二階からの眺めは私を興奮させた。それはその当時の私にとって、貴重な悦びであった。

 

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