ガニマール警部は待合室を駆け抜け、もう一つのドアから出るとデジレ・ボードリュが乗合馬車に座っているのを見た。ガニマール警部は走り、同じ馬車に乗車した。警部はボードリュの首根っこを掴みたくなるくらいに怒っていたが、ボードリュは彼の席で口を半分ひらいて寝ているところだった。
「やつはただの愚か者だな。私を欺くことはできないだろう。」
ボードリュが目を覚ましたのち、彼は馬車を降りて大きな公園へとゆっくり歩いて行った。ガニマール警部は彼を一時間程追跡した。そうしてとうとうボードリュはベンチに腰をかけた。ガニマール警部はこれ以上待つのを我慢できなくなり、彼はベンチに向かい彼の脇に腰掛けた。ガニマール警部はタバコに火を灯し、話した。
「今日はそんなに暑くはないね。」
その男は返事をしなかった。しかし、突然にボードリュは笑いに笑い始めた。ガニマール警部は驚いた!。それは、彼がよく知る笑い声だった。ガニマール警部は素早くその男の襟を掴み、彼の顔をきわめて注意深く見た。
「貴様だな、アルセーヌ・ルパン!。」
立ち回りは直ちに終わり、素早くガニマール警部の腕が彼の脇にだらりと垂れ下がった。
「これはジャパニーズジュージュツだよ。もう少しで貴殿の腕を壊すところだったね。ガニマール警部。」
「それで、あの公判にいたのはお前だったのか?。それとも別の誰かか?。」
「それが正解。私だよ、いつも私だし、私だけだ。」
「どうやってお前はそれを?。お前の顔やお前の眼は?。」
「覚えているかな、私が 18 ヶ月間の間病院で働いていたことを?。私は人物の顔や肉体を変える様々な方法を学んだよ。少しの化学薬品が、顔の色や形状を変化させることができる。ある植物由来の液が、顔に染みを作り出すことができる。眼を活力のあるものや疲れたものに見せるためには特殊な目薬があるだけでいい。それは私にとっては簡単なことだ。私は要するに、アルセーヌ・ルパンだよ。」
「しかし、デジレ・ボードリュについては?。」
「彼は実在する。私は昨年に哀れなあの男を見つけた。彼は少し私に似ているように見える。それで彼の面倒を見てあげた。私は彼を有効に使える日がいつかくると考えていた。私の協力者たちが、警察の記録に載せるために彼を逮捕させることを確実にした。そして警察は我々が入れ替わったのだと信じた。」
「その通りだ。」
「私はまた、他の大きな協力者も得ていた。大衆だ。彼らは私が脱獄することを確信していた。それがあって貴殿は過ちを犯した。貴殿が ’これはルパンでは在りません’ と証言した際、皆はそれを信じたのだ。」
「それなら葉巻の中の手紙は…。」
「私がそれを書いたよ。ナイフも私が小細工した。」
「貴様はこれからどこに行くつもりだ?。」
「私は休養するよ。自身の人格と外見を変えたのちには、自分自身に再び戻るために時間が必要なのだよ。」
ルパンが話している間に、太陽が下がり始めていた。
「お別れの時間だ、ガニマール警部。私は夕食会があるので、着替える時間が必要なんだ。」
「一休みするのだと、私は思っていたよ。」
「私がやらないと行けない事があるのでね。私の休養は明日からだよ。」