エンジョイ・シンプル・イングリッシュ 和訳

NHKのラジオ番組 enjoy simple english「エンジョイシンプルイングリッシュ」を和訳しています。

「Automatic Rice Cookers」(2025 年 2 月)

 

 自動炊飯器を利用し、誰でも美味しいご飯を炊くことができます。今日は、私たちはこの便利な調理器具を発明したある男性と彼の家族の話を見ます。

 

 1950 年代まで、ご飯は大きな鉄釜で炊かれていました。ご飯を炊く人間が、熱を制御するために 30 分ほど薪火の側に座っていないとなりませんでした。通常女性がこの仕事を受け持っていました。そしてその仕事が彼女たちを多忙にしていました。ある電気機器メーカーが自動炊飯器を創ろうと試みましたが、温度の調節が出来ませんでした。

 三並義忠氏は東京の小さな工場の社長でした。その工場は経営がうまくいっていませんでしたので、彼は仕事をもらうために何度も大きな電器メーカーへ足を運んでいました。三並氏の 3 男、親史氏は言います。

 

「私の父がまた来るのを止めさせるために、ある企業は父に不可能な仕事、自動炊飯器を製作すること、を与えたのです。」

 

 三並氏とその妻、風美子氏、は仕事に取り掛かりました。三並氏の娘である寛子氏は彼女の母のモチベーションをこう説明します。

 

「彼女は言いました。自動炊飯器があれば女性はより多くの自由な時間を持てるだろう、と。」

 

 三並氏と彼の妻は最高の美味しいご飯を炊ける温度を研究しました。何ヵ月か後、彼らはとうとう秘訣を見つけました。釜の内部は 100 ℃ に熱せられること、それを 20 分間続けること、が必要でした。そうしてから、熱を切ることが必要でした。

 彼らはこの方法を電気の熱で試して見ましたが、すぐにある問題に直面しました。その試作釜は 100 ℃ 以上熱くなってしまい、飯を焦がしてしまいました。彼らはどのようにして熱を制御したのでしょうか?。三並氏はすぐに、一杯の水からある思いつきを得ました。彼の 4 男、愛司氏は言います。

 

「水は 100 ℃ 以上にはならない。」

 

 その釜は二つの層で構成されまた、それらの間に水を満たされます。その水が干上がり、そうしてセンサーが炊飯器の電源を切ります。三並氏の試作釜はうまく働きました。しかし、まだ他に、大きな挑戦が残っていました。愛司氏は言います。

 

「その炊飯器は北海道から沖縄、何処へでも販売されるでしょう。炊飯器は極端に寒いところ、あるいは暑いところでも機能する必要が有りました。」

 

 家族はその炊飯器を寒い場所や暑い場所で試験しました。ある雪の降る日、風美子氏が屋外で試験している時、彼女は炊飯器を開き、そしてそのご飯は炊飯の途中だと言うことを理解しました。

 熱をその中に保つために、三並氏は 3 つ目の層を加えることを考えました。少ない睡眠時間と尽力の 1 週間後に、彼の 3 層の試作釜が完成しました。三並氏はその試作器を -10 ℃ の大きな冷凍庫に入れました。もしそこで釜が調理できたなら、どこでも調理できるはずです。三並氏は 30 分間待ちました。彼が炊飯器を開いた時、ご飯は完璧に炊かれていました。

 

 自動炊飯器が売り出された後、日本中の家庭にそれが広がりました。この発明は働き者の家族によって創られ、全国の家族たちの暮らしをより楽なものにしました。

 

https://amzn.to/4cJHzZB

プライバシーポリシー お問い合わせ