
”ヒューストン、我々は問題を抱えた。” 緊急連絡がテキサス州ヒューストンの NASA へ届きました。それは 1970 年 4 月 13 日、発射から 2 日後のことでした。連絡はジム・ラヴェル船長からのものでした。彼は宇宙船内の他の二人の宇宙飛行士とともに、月へと向かう途中でした。
その連絡の直前に、酸素タンクが爆発しました。彼らは原因は知りませんでしたが、一つのことがはっきりしていました。彼らは急速に酸素を失いつつ有ったのです。その状況に際し、彼らは飛行計画を変更する必要がありました。 ”我々は今、月を見失った。” ラヴェル船長が静かに言いました。
そうして、ヒューストンのチームは 320,000 km 以上離れた宇宙飛行士達とともに仕事に取り掛かる事になりました。彼らは宇宙飛行士達を安全に地球に帰す一番ベストな方法を探りました。その後の 3 日間、乗組員達はエネルギーを節約するために宇宙船の殆どの電源を切りました。暖房無しでは、宇宙船内部は凍るほどに寒いものでした。三人は彼らの家族や友人たちを思いました。
大気圏再突入の時が迫っていました。宇宙船が損傷を受ける恐れがあり、宇宙飛行士達は不安でした。 ”宇宙船は再突入の間、極限に熱くなるかもしれない。もし発火したなら、我々は生き残れないだろう。” 彼らは考えました。ついに、再突入の時が来ました。飛行士たちはヒューストンのスタッフたちに、スタッフの援助に対して感謝を伝えました。
地上では多くの人々が宇宙船を待っていました。人々はその再突入の期間に三分間、連絡が取れないことを知っていました。しかし、三分経ったにも関わらず、彼らは空に何も見ることが出来ませんでした。彼らは心配になりました。更に一分が経過しましたが、それでも、なんの兆候も在りませんでした。
皆が望みを失いかけた時、オレンジ色と白色の、三つのパラシュートが青い空に現れました。ラヴェル船長の落ち着いた声がその後に続きました。
”ハロー、ヒューストン。皆に再開出来て良かった。” 4 月 17 日、三人の宇宙飛行士達は地球に成功裏に戻りました。この出来事から 50 年経ってもアポロ 13 号のこの物語は、とても困難な状況下でのチームワークと叡智の重要性を私たちに教えてくれます。その乗組員たちとヒューストンの職員たちにとって、失敗するという選択肢は在りませんでした。
----