エンジョイ・シンプル・イングリッシュ 和訳

NHKのラジオ番組 enjoy simple english「エンジョイシンプルイングリッシュ」を和訳しています。

「Apollo 13」(2024 年 1 月)

 

 みなさんがロケットの中に居て、突然に大きな音を聞いた時を想像してみてください。赤ランプが点滅し、大きなアラーム音が鳴っている。恐ろしくならないでしょうか?。今日は、宇宙でのサバイバルについての驚かされるお話を私たちは聞くことになります。

 宇宙船アポロ 13 号が 1970 年 4 月 11 日に地球から飛び立ちました。その目的地は月面でした。宇宙船には 3 人の宇宙飛行士、ジム・ラヴェル、フレッド・ヘイズ、ジャック・スワイガート、が乗船していました。

 はじめの二日間、彼らの宇宙旅行は問題なく進行していました。4 月 13 日の夕刻のその時、乗組員は大きな爆発音を聞きました。彼らはテキサス州ヒューストンに在る管制センターを直ちに呼びました。

「ヒューストン、我々に問題が起こった。」

 窓を通して、宇宙空間にガスが抜けているのをジムは見ることができました。乗組員たちはすぐに、酸素タンクが爆発しているのを発見しました。酸素は彼らが電気を作るために、また水を作るために、そして呼吸をする空気を作るために必要でした。その爆発は宇宙船の或る部分にも被害を与えていました。月面着陸が不可能であるということは明白でした。今や乗組員たちは安全に地上に戻るための方法を見つけ出さなくてはなりませんでした。しかし、彼らにはそれは可能だったのでしょうか?。乗組員とヒューストンのチームたちは即座に働き始めました。

 アポロ宇宙船はお互いに2つの部屋が接続されているように設計されました。管制室は地球から宇宙空間への運行のために設計されました。乗組員たちはは普段はここに居ました。もう一方の部屋はより小さいもので、月面に着陸するために設計されました。この部屋充満した酸素タンクを未だ持っていました。動力を節約するために乗組員たちは管制室を停止させ、救命ボートのように用いたそのより小さな部屋に滞留しました。彼らは地上に近づいたときに、管制室へ戻る計画でした。

 乗組員たちがそのより小さな部屋へ移動した後にも、まだ多くの問題がそこには在りました。室内には暖房がないため、室温はほぼ摂氏 0 ℃でした。睡眠はほとんど不可能でした。彼らの食料には凍ったものもありました。それ以外の大きな問題はそのより小さな部屋は二人用のものだということでした。もし余剰の二酸化炭素を除去しなければ、全員が死ぬことになる可能性が在りました。幸運なことに、ヒューストンのチームがこの問題を解決する方法を見つけ出しました。乗組員たちが帰還を試みる間、世界中の人々が彼らのテレビに寄って、見ていました。

 

 乗組員たちは衰弱しましたが、働き続けなければなりませんでした。地球に彼らが近づいた時、彼らは管制室へ戻り入り、エンジンを動かし始めました。彼らにはそれが動作するかどうか、わかりませんでしたが、それは動きました。数時間後、4 月 17 日、彼らは太平洋に着水しました。その 3 名の宇宙飛行士たちは体重を多く減らしていました。しかし、彼らは生きていました。この帰還の後、ジム・ラヴェルは言いました。

「チームワーク、よいリーダーシップ、そして想像力、が絶対的に必要な 3 つのものだった。」

 それは地獄の 4 日間でしたがしかし、彼らはその地獄の状況を地上へ送り戻しました。

 

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