エンジョイ・シンプル・イングリッシュ 和訳

NHKのラジオ番組 enjoy simple english「エンジョイシンプルイングリッシュ」を和訳しています。

「The Nose Episode Three」(2020 年 5 月 22 日 放送分)

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 内供は鏡を覗き込んだ。彼の長い鼻は、短くなっていた!。以前には彼の顎まで垂れて居たが、今ではしかしそれは彼の唇の上に在った。彼のことをもう笑う者は居ないだろう!。内供は鏡の中の顔に、幸そうに笑みを浮かべた。その鏡の中の顔は、微笑みを返した。

 しかし内供は、完全には幸せでは無かった。彼は今は、それが再び長くなるのでは無いかと恐れて居た。それで内供はいつの時でも、彼の鼻に触れ続けて居るのであった。彼はお経を唱える時に、彼は食事をする時に、そして暇があるときは何時にでも、それを触るのであった。しかし、彼の鼻は短いままで在った。彼は、とても幸せな心持ちに成った!。彼の鼻はとうとう、短かった。内供は彼の問題から解放されたよう、感じて居た!。

 

 数日後、しかしながら、内供は大きな驚きを得た。内供が外出すると、今では人々が以前より多く彼を眺めるのであった。彼らは可笑しな顔をして、内供を見るのであった。内供と話す際には彼らは、彼の鼻のみを眺めた。内供の鼻を粥のなかに落としたその弟子でさえ、下を見つめ彼の笑みを隠すのであった。しかしその弟子は上手にはそれを隠すことが出来なかった。そうして、内供は彼が哂うのを聴いた。他の僧侶は内供が話しをしている間にはそれを聞いて居たが、しかし彼らも内供が去ったのちには笑い始めるのであった。これは一度成らず、何度も起こっていることであった。

 先ず、内供は彼の顔が変わったために、そう成ったのだと考えた。彼の鼻は短く成った。だからそれは彼らにはおかしく見えるに違いない。しかし、何かが違って居た。彼の鼻が長かった時の彼に対する哂い方とは、違っていたのだ。彼の日課の読経の間、内供は思った。

 

「私には解らない。彼らは以前には、あのようには私のことを哂わなかった。」

 

 内供は仏像の絵を眺め、長く、深く考えた。彼は、彼の鼻が未だ長かった四五日前のことを思った。彼は今ではまるで、かつては裕福であった、貧しい者のよう見えた。彼は以前の、良い日々を思い返して悲しく成るのであった。内供には全く理解が出来なかった。何故人々は今ではより、多く彼を哂うのであろうか。遺憾ながら、内供は理解するための智慧を持って居なかった。

 

 人々は心の中に相反した感情を持っている物である。もし誰かが困難に在るのを見た時、人々はその人物に同情を感ずる。しかしそれと同時に、その人物が困難を抜け出すことに成功し幸せに成ったならば、人々は不満足を感ずる。誇張して言うならば、人々はその人物に再び困難に陥って、不幸に成って欲しいと思うかも知れないと言える。そうして、もしその感情が大きく成ったとしたなら、その人物は彼らの敵だと感じ始める。人は時に、理解することが難しい。内供はそれを理解し無いながらもこのことを感じた。内供は、彼が幸せで在れば人々も幸せを感ずるだろうと考えて居たのだ。しかし、人々は違って居た。

 

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