みなさんは日本の夏に蚊取り線香を見たり、匂いを嗅いだりしたことがあるかもしれません。今日は、私たちはこの有益な発明の裏にある歴史を探っていきます。
私たちの物語は 1885 年に始まります。和歌山県出身の上山英一郎という名の蜜柑農家が、海外へ彼のビジネスを広げようとして居ました。アメリカの実業家に彼が会った際、彼は除虫菊と呼ばれる花の種を譲り受けました。それらの種には、殺虫することのできる化学化合物が含まれて居ました。蚊は夏季に大きな問題となっていました。蚊はまた、危険なものでもありました。彼らは疫病の拡大を助長する可能性が在るからです。上山は蚊を駆除することのできる何かを作ることは多くの人々を助けることになると考えました。彼はすぐに仕事に取り掛かりました。
まずはじめに、上山は除虫菊由来の粉末を火鉢で燃やして見ました。一匹の蚊が床に落ちました。うまくいったのです!。しかし、夏季に暖房を使うことはあまりに暑すぎることに彼はすぐに気がつきました。そのとき、上山は東京への旅行で出会った人物から着想を得ました。この人物の家業は線香、インセンススティック、の販売でした。上山は考えました。
「除虫菊の粉末を線香に練り込むことができるかもしれない!。」
和歌山に戻ったのち、上山は試作品を作りました。彼はそれを灯すと、一匹の蚊が床に落ちました。
1890 年、世界初の蚊取り線香は売り出されました。それは渦状のものではなく、まっすぐな棒状のものでした。それはうまく働きましたが、問題がありました。燃焼時間があまりにも短かったのです。20 cm の棒状の線香はたったの 40 分間しか燃焼しませんでした。
上山は棒をより長くしましたが、これは危ないものでした。なぜならこれらはすぐに倒れてしまうものだったからです。どのようにしたら彼は燃焼時間を長くすることができるのでしょうか?。
そしてある日、彼の妻、ゆき、が庭先から呼び声をあげました。
「蛇よ!」
ゆきの目の前に蛇がいました。その蛇は全身でとぐろを巻いていました。
ゆきは言いました。
「線香を渦巻き状にしたらどうかしら、この蛇のように?。」
上山はすぐに木製の型を作りました。その木型には、ゆき、の名が刻まれました。彼女のアイデアだったからです。その型を用いて、彼は 60 cm の長さの渦巻き状の線香を製造しました。その渦巻き蚊取り線香はほとんど完成していましたが、最後の一つの問題がありました。木製の板の上でその線香を乾燥させた際、その板に線香がくっついてしまったのです。上山は線香を剥がそうとしましたが線香は壊れてしまいます。ここでもまた、彼の妻ゆきがあるアイデアを持っていました。
「魚を焼く金網をつかうのはどうでしょう?。」
魚を調理するとき、魚は金網にはくっつきません。上山はすぐに幾らか生の蚊取り線香を金網の上に置きました。そうして約5日後、金網からそっと蚊取り線香を剥がしました。線香はくっついていませんでした!。とうとう、彼の製品は完成したのです。
世界初の渦巻き型蚊取り線香は 1902 年に売り出されました。それ以来、この製品は世界中の多くの国や地域で利用されています。未だそれは暑い夏の日に蚊を駆除する一般的な方法です。