エンジョイ・シンプル・イングリッシュ 和訳

NHKのラジオ番組 enjoy simple english「エンジョイシンプルイングリッシュ」を和訳しています。

「A Warm Welcome」(2024 年 3 月)

 

 2001 年 9 月 11 日、ニューヨーク市はハイジャックされた航空機により、テロ攻撃を受けました。4,000 機の飛行中の航空機がアメリカの都市に着陸できず、それら航空機の多くがカナダに向かわざるを得ませんでした。ガンダーと言う名の小さな町が 38 機の航空機を受け入れました。そのことは、疲労した乗客たちや乗組員たちにもたらされた温かいもてなしとして偲ばれています。何が起きたのか、見てみましょう。

 ガンダーはカナダ東部にあるニューファンドランド島にある町です。約 10,000 人の人々がそこで暮らしています。2001 年のこの日、7,000 人近くの人々がこの田舎の空港に降り立ちました。これらのすべての人々をもてなすのは簡単なことではなかったでしょう。しかし住民は彼らが出来るすべてのことを行いたいと思いました。直ちに学校、教会、そして公民館は人々が滞在する場所に代えられました。乗客たちを自分たちの家に滞在させる人々もいました。これに加え、地元のアイススケート場が巨大な冷蔵庫として用いられるほどに、とてもたくさんの食料品が寄付されました。また、貴重な薬品を人が必要とした場合には、薬局が無料で彼らにそれを与えました。公衆電話も無料で使うことができました。ある乗客は言いました。

「すべては組織化されていました!。」

 

 すべての人々が食料と眠る場所を得た際には、地元の人々は乗客たち、乗組員たちが彼らの滞在を楽しむことを確実なものにしました。彼らは「飛行機民」を町中案内し、ボーリング大会を開催し、地元のアーティストのコンサートを開きました。住民たちは訪問者たちに特別な地元料理、トナカイシチューをご馳走することもしました。ある地元の住民は言いました。

「私たちは必要とあらばいつも彼らを援助しました。それは私たちが日常毎日している事である、というだけです。」

 数日後の 9 月 13 日、航空機が合衆国に着陸可能になり、そうして滞在者たちが帰り始めました。9 月 16 日に最後の航空機がガンダー空港を去りました。帰ろうとする、ある乗客は言いました。

「私たちは帰りたくありません。私たちはとても良い時間を過ごしました。」

 ガンダーは行く場所のない人々に対する援助に関して、実は長い歴史を持っています。1970 年代後期から 1990 年初期まで、東ヨーロッパの難民がガンダーに避難しました。時には宿泊施設が抱え切れる以上の難民が存在することもあり、難民たちはホテルや教会に滞在しました。数千人の人々が訪れた 9 月 11 日、この経験がおそらく住民たちに力添えしたのでしょう。

 

 911 から 20 年以上が過ぎましたが、「飛行機民」はガンダーの人々と今でも深い繋がりを持っています。911 テロ攻撃の追悼日にガンダーを訪れる人もいます。ガンダー地区の学生の教育に対して寄付をする人もいます。2013 年、ガンダーについてのミュージカルが作られました。それはブロードウエイや世界のその他の地域で上演されました。それは今日でも上演されています。

 「飛行機民」はガンダーにたったの数日間だけしか滞在していませんが、この温かいもてなしの物語は、この先ずっと記憶に残されることでしょう。

 

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