虎に変身する人間、李徴。彼は彼の友人、袁傪に話した。
「人間では無くなる前に、君に頼みたいことがある。」
高い草の陰からの声を聞くために、袁傪は息を飲んだ。
「これらすべてのことが私の身に起こる前、私は高名な詩家に成りたかった。その夢を達成することは出来なかった。私の書いた数百編の詩は誰にも知られることは無い。今ではそれを記述した帳面がどこにあるかも分からない。しかし、いくつかの詩は覚えており、今でも詠むことができる。私のために、それらを書き下し世に残してくれないだろうか?。私は自身が偉大な詩人では無いことはわかる。しかし、私は財産と自分の心とをすべて詩歌のために使ったのだ。私は私の詩のいくつかでも後世に残さないと死ぬことが出来ない。」
袁傪は従者に、草の中の声を書き下す事を命じた。短い詩と長い詩、約30の詩が在った。詩には格調が在り、独創的でもあった。この詩人は極めて非凡である、と言っても良いであろう。 袁傪は感動し、しかしこうも思った。
「李徴は偉大な詩家に成れただろう。しかし、これを本当に偉大な詩とするには何かが足りない。」
李徴は詠うのを終えた。そうして、彼は自嘲するように言った。
「これを言うのは私にとっては辛いことだ。この姿であってさえも私は未だ、私の詩集が教養のある者の机の上に在ることを夢に見る。洞窟の中に横たわりながら、だ。嗤ってもいい。詩家には成れなかったが虎には成った哀れな男を嗤え。分かっている。今の私の気持ちを詩に詠んでみようか。未だ人間の私がこの虎に残っている事を示すために。」
詩は、このように続いた:
「病が私の心を取り去った
私はすでに人間では無い
終わりのない苦悩が意気消沈させて
逃げることは出来無い
今では爪と牙とともにある私に
打ち倒すことの出来ない人間はいない
過去には我々はとても優秀だった
しかし今の私を見ろ
草の元に虎が隠れている
そうして君を見る
高官として馬の上に乗っている
私は月をみるだけだ
山と谷に輝く月を
この夕暮れに
詩は口から出ることは無い
在るのは動物の咆哮だけだ」
月明かりは冷たかった。そして地面は朝の露に濡れていた。木々の間を吹く冷たい風が、皆に太陽が登ろうとしている事を伝えた。皆はこの不可思議な状況を忘れ、この哀れな詩人に対して同情を覚えていた。