エンジョイ・シンプル・イングリッシュ 和訳

NHKのラジオ番組 enjoy simple english「エンジョイシンプルイングリッシュ」を和訳しています。

「Rashomon Episode Three」(2021 年 2 月 放送)

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 男の両目は、とうとう死体の間に、生きている者を見た。それは小さく、細い、白髪の老婆であった。彼女は焦げ茶色の着物を身につけ、猿の様に見えた。老婆は彼女の右手に松明を持ち、女性の死体の顔を見降ろして居た。

 その時、彼女は女性の頭から、まるで猿が子の身体から蚤を摘むように、一本づつ髪の毛を抜き始めた。髪はするすると抜けるように見えた。

 男の心の中にある恐怖心は、髪の毛が抜かれるにつれ少しずつ、消え去った。同時に、彼は強い嫌悪の気持ちを老婆に向けて持ち始めた。いや、老婆に向けた、というのは違うかもしれない。それは、悪行全てのもの、に対してという方向に、より多く向いていた。一分毎にそれは強くなって行った。彼は、良心的なやり方を行いそして餓死することを選択をしただろうか?、或いは賊に成り生きるか?。この瞬間には、男は飢死することを選びその選択について後悔することは無いだろう。彼は全ての悪に対して嫌悪し、そして彼の心は老婆の松明のよう、ぎらぎらと赤く燃えていた。

 

 男は梯子から飛び上がり、彼の手を刀の先に置いて、堂々と老婆の方に歩いた。老婆はとても驚いた。

 彼女は男を見、そして何かが彼女にぶつかったように飛び上がった。

 

「お前、何処へ行く?。」

 

 老婆は逃げることを試みた、が死体が彼女の逃げる道に在った。男は彼女の腕を掴み、床の上に押さえ込んだ。彼女の腕は骨と皮だけであった。丁度まるで鳥の脚のようであった。

 

「お前は何をしていたのか、告げよ。もしお前が言わないのであれば、これがお前の得る物である!。」

 

 男は老婆を放ち、刀を抜きそれを老婆の眼の前に構えた。

 彼女は何も言わなかった。彼女の腕は震え、彼女は彼女の肩で呼吸をしていた。彼女は飛び出しそうに見えるような両眼を広く開けた。しかし彼女は、まるで啞のよう沈黙を保っている。

 男はこれを見て認識した、彼女の生命は彼に懸かっているのだと。この考えは彼の心の嫌悪の炎を冷やした。今、彼には何か良きことを成し遂げた時に感じる静かな満足感だけが在った。

 

「私は検非違使では無い。この門を通り抜ける旅人だ。よって私はお前を逮捕するつもりはない。私はお前がたった今、ここで何をしているかを私に告げて欲しいだけだ。」

 

 老婆の両眼はさらに広く開いた。彼女は男の顔を覗き込んだ。

 

「私は鬘を製作するために、死体から毛を抜いているのです。」

 

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