エンジョイ・シンプル・イングリッシュ 和訳

NHKのラジオ番組 enjoy simple english「エンジョイシンプルイングリッシュ」を和訳しています。

「Cultured Pearls」(2024 年 7 月)

 

 1800 年代の終わりまで、真珠は極端に品薄で高価なものでした。一つの真珠を得るために 1,000 匹以上のあこや貝を探すことも多いのです。今日はある情熱的な男性について、また、彼の養殖真珠を開発するという使命について、見ていきましょう。

 

 我々の物語は 1888 年、三重県の志摩地方に始まります。この地域は天然真珠を産することで知られていました。御木本幸吉という名の人物が地元の人々から真珠を仕入れ、大きな都市でそれらを販売していました。ある日、御木本がとある水産品品評会に彼の真珠を展示していた際、彼は女性が真珠をじっと見つめていることに気がつきました。御木本は思いました。

 

「もし私が真珠を養殖できたなら、さらに多くの人々がそれらを購入するだろう。」

 

 御木本はどのように貝が真珠を作り出すのかを研究しました。小さな物体、石のようなもの、が貝の中に留まります。自分自身の身を守るために貝はその物体を、その体内で作られた物質で覆いはじめます。長い時間ののち、これが真珠となります。御木本は実験を始めました。彼は貝の中に小さな石を入れ、一年以上に渡ってそれらを海に放置しました。しかし、彼の貝たちは真珠を作りませんでした。御木本は諦めませんでした。彼は彼の妻、うめ、の援助とともに彼の実験を続けるため、より多くの貝を買うため、に資金を借りました。しかしある日、レッドタイド、赤潮が発生しました。ミキモトは彼の貴重な貝をほとんど失いました。養殖真珠は夢ものがたりというだけのものだったのでしょうか?。その時うめは言いました。

 

「あの貝のなかに輝くものが見えます!。」

 

 内部に、御木本は半円状の形の真珠を見つけました。それは貝殻に張り付いていました。

 

「これはどのようにして出来るのだろう。」

 

 彼は調べてみたいと思いました。彼は小さな石を貝の様々な部分に設置して見ることを試しました。彼はすぐに気がつきました。貝の身と貝殻の間に石が置かれると、その半分の形の真珠が作られることをです。1893 年、御木本は大量の半分の形の真珠を作ることに成功しました。そのすぐ後、彼は宝飾店を開業しました。彼の半分の形の真珠は着物のブローチにとてもよく似合っていましたが、御木本は思いました。

 

「ネックレスには、完全な真珠が必要だ。」

 

 そうして、彼は再び実験を始めました。この期間の中、彼と彼の従業員たちは何度か完全な真珠を作り出していました。しかし、彼らはどうしてそれが出来たのかはわかりませんでした。その時彼らはあることに気がつきました。不慣れな従業員が扱った貝から完全な真珠が出来ていたのです。その彼らは貝に石を入れる際に、たまに貝を傷つけていました。これが鍵だったのでしょうか?。御木本の実験は続きました。そうして最終的に、彼らは新しい手法を編み出しました。まず始めに、彼らはあるひとつの貝から外套膜の外面上皮細胞の破片を採取しました。そうしてその皮で小さな石を包み、それを他の貝の内臓の中にそれを設置しました。その後、彼らは 18 ヶ月待ちました。真珠はそこにあるのでしょうか?。貝が開かれそして、内部には大きな丸い、輝く真珠がありました。

 

 このようにして、養殖真珠は世界中で入手可能になったのです。御木本のたいへんな尽力のおかげで私たちは綺麗な輝く、まあるい真珠を楽しむことができるのです。

 

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